マドリードの広場と公園

 

スペイン広場

1915年、16年とセルバンテス、小説「ドンキホーテ デ ラマンチャ」の記念行事の続く一環として、このメニュメントの建造が計画されました。1916年は、作者ミゲル デ セルバンテスが亡くなってから300年の年にあたっており、現在でも世界で読まれているドンキホーテの主人公などが登場するこの広場の姿は、あたかも小説の中にいるような錯覚さえ覚えます。銅像に向かうと、左側に主人公のドンキホーテ、右側にサンチョ パンサが冒険に向かう勇壮な姿で表現されています。塔の中段に座る人物が、作者のセルバンテス。あたかも、自分の小説を見守っているかのようです。

マヨール広場

この広場の起源は、16世紀まで遡ります。現在でもここを起点としてトレド通り、アトーチャ通りという二本の主要通りが伸びています。すなわち、その当時から交通の要所のため、人通りも多く、直ぐに商業の要点なっていき、ここでマドリードで一番のマーケット開かれるようになり、それが現在のような広場へと変わっていきます。当時はアラバル(Arrabal)広場と呼ばれ、アラバルとは外のと意味になり、直訳をすれば郊外の広場となります。当時は、マドリードの町は非常に小さく、城壁で囲まれていましたが、その外側であったためこの名前で呼ばれるようになります。その後、ファリッペ二世から三世の時代にかけて改造計画が進められ、1619年に完成、マヨール広場と呼ばれるようになります。何度か名称も変更になりますが、20世紀のスペイン内戦後再び現在の「マヨール広場」という名称が復活します。

プエルタ デル ソル(太陽門広場)

マドリードの中心の広場、大げさな言い方をするとスペインの中心の広場がこの「プエルタ デル ソル」です。日本の日本橋に当たる道しるべの出発地点「キロメーターゼロ」、出発点がここにあるのです。世界の道はローマに続くと言われますが、スペインの道はソルに続くのです。

現在この場所には、州庁舎、カルロス三世像、マドリードの紋章の図柄に使われている熊の銅像などが見られます。州庁舎の建物には時計台がありますが、この時計が大晦日のカウントダウンの鐘として使われます。スペインでは、この鐘の音に合わせて、12粒のぶどうを食べて来年の幸福を祈ります。

シベレス広場

シベレス広場のシベレスの名は、ギリシャ神話の中に登場する女神キュベレスのスペイン語読みとなった名称です。交差点真中の「シベレスの噴水」には、その女神のシベレスがラインに引かれる車に座っています。この広場の回りには、目立つ大きな建物がいくつかあり、アルカラ門に向かって右側、白く聳え立つような「市庁舎」(2007年までは、中央郵便局)、左側に「リナ―レス宮殿」(現在、アメリカの家と呼ばれ、アメリカ大陸の国々の文化施設)、旧市街の方を向いて左側に国立銀行の「スペイン銀行」、右側に「ブエナビスタ宮殿」(陸軍本部)などです。マドリードの中でもひと際目立つ美しい場所です。

レティーロ公園

周囲約4.5キロ、広さ118ヘクタール(緑の地区のみ/東京ドーム25個分)を有し、マドリードで2番目(1番はカサ デカンポ/王宮の後ろ側の大きな自然公園)の大きさの公園です。この近くに17世紀建てられた「ブエン レティーロ宮殿」の庭園として整えられた部分が、現在のこの公園として続きます。1767年、カルロス三世の時にこの庭園も一般の人達にも開放され、1868年には所有権がマドリード市に移行し、公園形式となっていきます。公園内には、アルフォンソ十二世像、ボートなどが楽しめる大きな池、ガラスの館(現在図書館)、ベラスケスの館(展示場)などがあります。マドリードの心臓部にある憩いと安らぎの空間です。